金ヶ崎に広がるコンテナヤードに汽笛が響き渡り、 ディーゼル機関車の力強い唸りが聞こえてくる。 敦賀港駅を訪れると、ちょうど貨物列車が出発したところだった。
敦賀港駅は当初金ヶ崎駅と呼ばれていた。 明治末期から昭和初期にかけて 欧亜国際列車が運行され、 ここからウラジオストク航路に乗り継ぎ、 遥か欧州を目指す人や荷物で賑わっていた場所。 そんな敷地の一角にひっそりとランプ小屋は建っていた。 ランプ小屋は、 列車の灯火に使用されるカンテラの燃料を保管する 油庫としてかつては主要な駅に一般的に存在したもの。 しかし光源が電灯に変わるなど、 その用途が消滅すると、駅の増改築などで急速にその姿を消してしまったようである。 敦賀港駅のランプ小屋は、 現在も駅の倉庫として使用されているようだ。
金ヶ崎を訪れたら少し足を止めて、 百数十年前の彼らの仕事に見入ってみるのも楽しい。 ランプ小屋は駅の敷地内にあるため立ち入ることはできないが、金崎宮前の駐車場から間近にその姿を見ることができる。
市街地の一角に、ひと際目立つ大鳥居をくぐると、そこには街の喧騒とはかけ離れたゆったりとした時が流れていた。石灯籠が並ぶ参道を抜けると、手水場の片隅に小さな湧水を見つけた。 「長命水」(千三百年の昔、ここ氣比神宮の造営中突然ひとつの水場が湧き出した)とある。 提げていたカメラを置き、早速ひと口飲んでみた。水の冷たさが散策で乾いた喉に沁みる。かつてこの地を訪れた最澄や空海も、ここで喉を潤したのだろうか。
今もなお湧水を滴らせる亀の石像や、静かにその水場を覆う草木、そして忘れ去られたかのように境内の隅で沈黙をきめ込む狛犬。実は彼らは、そのかつての偉人たちとも遭遇していたのではないだろうか。苔むした水場を眺めながら、そんなあるはずもない想像をめぐらせる。
氣比神宮を訪れたら、ひらけた参道から少し寄道して隅の茂みにも気を留めたいものだ。