天正11年(1583年)、羽柴秀吉と柴田勝家との戦い「賤ヶ岳の合戦」の際に柴田勝家が本陣を置いたのが玄蕃尾城である。
 敦賀市刀根の柳ヶ瀬トンネルの入口で手前を左折。表示に従って進むと駐車できる広場に。そこから約15分ほど登り、視界が開けたところからが「玄蕃尾城」の城域になる。 南北は250m、東西は150mのとても広い敷地の中に、南北に連なったいくつかの郭から構成されている。
 各郭は土塁と空掘に囲まれており土橋で連結されている。土塁と堀は巧に組み合わされくねくねと曲がって攻めにくい、迷路のような構造になっている。そのため侵入した敵軍に弓矢で防戦できる守りの難い構造だった。
 この玄蕃尾城は雑木や下草が綺麗に刈り取られ、400年がたった今も大変よい状態で残っているため、当時の背景を思う存分堪能することが出来る。

 日本で唯一の完成された山城と言われている玄蕃尾城。
城跡にたたずみ、立ち耳を澄ませば当事の背景がすぐ目の前に浮かんでくる。
 この立派な城で一度も戦うことなく敗れた柴田勝家の無念、戦国大名の哀しい定めなどを思うと胸がつまる。