TOPページ 文化歴史 金ヶ崎城跡
戦国の世、信長・秀吉・家康・利家が勢揃いの地。「つはものとも」の気迫が今も、そこに。
金ヶ崎城跡
 
金崎宮   金ヶ崎城跡碑
     
 
    月見御殿からの敦賀湾

 

   

戦国武将は皆、この地を
ターニングポイントにした。

 

敦賀湾を一望する小高い山、そこに『金ヶ崎城跡』があります。延元元年(1336年)恒良、尊良両親王を守護した新田義貞が足利軍と戦った古戦場で、金崎宮には両親王が祀られています。また、この地には戦国時代の「つはものども」の気迫を今に伝える、数々の逸話も残っています。 ――時は元亀元(1570)年4月。朝倉義景討伐を企てた織田信長が越前に攻め入ろうとしたその時、近江浅井氏裏切りの報が。窮地に陥った信長だったが、金ヶ崎城でしんがりを努めた木下籐吉郎(豊臣秀吉)の活躍で、無事帰京できたという―― 姉川の合戦で、浅井・朝倉連合軍を敗った信長。そして、その信を受け天下取りの道を進んだ秀吉。さらに、秀吉のしんがりを助け、後に謝意を受けた徳川家康……金ヶ崎城をめぐる出来事は、それぞれの武将にとって天下取りへの転換点となっているのです。

月見御殿から日本海・敦賀湾が一望できます。

 
所在地
敦賀市金ヶ崎町1-1
 
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交通アクセス
●自動車の場合
北陸自動車道・敦賀ICより 約10分
●公共交通機関の場合
JR敦賀駅より コミュニティバス『はぎ号』で約7分「金崎宮口」停留所下車 徒歩約5分
 
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お問い合わせ

金崎宮社務所(0770-22-0938)
http://kanegasakigu.jp/
2006年大河ドラマ『功名が辻』
敦賀 一豊出世足がかりの地

Part1 Part2

 
「難関突破・開運招福」お守り
お市の方ゆかりの両絞巾着守



信長の妹お市の方は、この危機を知らせるため両方を紐で結んだ袋に小豆を入れ陣中に届けたという。
 

金崎宮・金ヶ崎城跡
恋の宮・桜の名所

古戦場ウォーキング
信長・秀吉・家康・利家勢揃いの地

 
赤レンガ倉庫
1905年紐育スタンダード石油会社によって建てられたモダンな倉庫。
(金ヶ崎城跡より徒歩5分)


旧敦賀港駅舎
 敦賀港駅ランプ小屋

杉明治後半から昭和初期に大陸交易の橋渡しとして運行されていた「欧亜国際列車」を象徴する敦賀港の歴史的建物の一つ「旧国鉄敦賀港駅駅舎」(大正2年建造)を再現しました。
(港駅舎:金ヶ崎城跡より徒歩8分 ランプ小屋:金ヶ崎城跡より徒歩2分)

高野山真言宗誓法山
 金前寺

若狭三十三ケ所観音霊場第二番
 45代聖武天皇の霊夢により、泰澄大師が天平八年(736)に開創。十一面観音の座像を本尊として寺を建立した。
 南北朝延元2年(1337)金ヶ崎落城一大決戦の本営となった。(現在金崎宮)
 元禄2年(1689) 8月芭蕉が訪れ、「月いづこ 鐘は沈る うみのそこ」と詠み、宝歴11年(1761)鐘塚建立。昭和20年7月米軍空爆により堂宇寺宝の一切を焼失、依頼再建の着手現在に及ぶ。
(金ヶ崎城跡より徒歩2分)
 
敦賀へのアクセスご案内
 
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