とんがり屋根が強烈な印象を残す旧敦賀港駅舎。「欧亜国際連絡列車」の発着駅としてかつて重要な位置を占めていた敦賀港駅舎を、1999年の『つるがきらめきみなと博21』開催時に再現したもの。現在は、敦賀港の歴史や観光のPRとして使用されています。
近くには大正〜昭和初期のにぎわいを今に伝えるレンガ造りの『ランプ小屋』もあります。敦賀港駅を「欧亜国際連絡列車」が発着していた当時は電気器具が未発達、光源には灯油を燃やすカンテラが使われていました。その燃料を保管していたのがこのランプ小屋です。
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◆命のビザ 第二次大戦中、ナチスの迫害から逃れようとしたポーランド系ユダヤ人に、当時のリトアニア領事代理・杉原千畝氏(1900〜1986)は、人道的立場から日本通過ビザを発給しました。彼の行為により約6000人ものユダヤ人が救われたと言われています。 難民たちの多くは、杉原氏の発給した「命のビザ」を手に、シベリア鉄道経由でウラジオストクに向かい、日本海を渡って私たちの町、敦賀に上陸しました。「はるぴん丸」や「天草丸」などの客貨船で、1940年8月から翌年6月までの間に数多くのユダヤ人難民が敦賀港に降り立ちました。彼らにとって敦賀は、初めて踏み締めた日本の地であり、自由と平和を実感した場所です。