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金ヶ崎城跡

戦国の世、信長・秀吉・家康・利家が勢揃いの地。「つはものとも」の気迫が今もそこに。

ジャンル:
散策
景色
歴史・文化
所要時間:
30分程度
メイン写真

戦国武将は皆、この地をターニングポイントにした。

敦賀湾を一望する小高い山、そこに『金ヶ崎城跡』があります。延元元年(1336年)恒良、尊良両親王を守護した新田義貞が足利軍と戦った古戦場です。戦いは激しさを極め、尊良親王ら300人は籠城から半年後、城に火を放ち自害しました。中腹の金崎宮には、その両親王が祀られています。

また、この地には戦国時代の「つはものども」の気迫を今に伝える、数々の逸話も残っています。 ―時は元亀元(1570)年4月。朝倉義景討伐を企てた織田信長が越前に攻め入ろうとしたその時、近江浅井氏裏切りの報が。窮地に陥った信長だったが、金ヶ崎城でしんがりを努めた木下籐吉郎(豊臣秀吉)の活躍で、無事帰京できたという― 姉川の合戦で、浅井・朝倉連合軍を敗った信長。そして、その信を受け天下取りの道を進んだ秀吉。さらに、秀吉のしんがりを助け、後に謝意を受けた徳川家康…金ヶ崎城をめぐる出来事は、それぞれの武将にとって天下取りへの転換点となっているのです。

古戦場ウォーキング

敦賀市街の北東部に敦賀湾を一望できる小高い山があります。戦国の世、この地にあった金ヶ崎城・天筒山城を舞台に、数多くの歴史的事件が繰り広げられました。金ヶ崎城にまつわる歴史上の人物は、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康…と枚挙にいとまがありません。それぞれの武将にとって「天下取り」への転換点となった天筒山、そして金ヶ崎城。当時の「熱き思い」の数々に、一歩一歩かみしめるように触れてみませんか。

金ヶ崎ウィーキングマップ
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ウォーキング寄り道スポット

高野山真言宗誓法山 金前寺

45代聖武天皇の霊夢により、泰澄大師が天平8年(736)に開創。十一面観音の座像を本尊として寺が建立されました。南北朝延元2年(1337)には金ヶ崎落城一大決戦の本営となりました。(現在の金崎宮)元禄2年(1689)8月には芭蕉が訪れ、「月いづこ 鐘は沈る うみのそこ」と詠みました。宝歴11年(1761)鐘塚建立。昭和20年7月、米軍空爆により堂宇寺宝の一切を焼失し、依頼再建され、現在に至ります。

日本海・敦賀湾が一望できる月見御殿

月見御殿は、金ヶ崎の最高地(海抜86m)で月見崎といい、通称月見御殿と呼ばれています。南北朝時代の金ヶ崎城の本丸跡で、戦国時代などにも武将が月見をしたと伝えられています。月見御殿からは日本海・敦賀湾が一望できます。

アクセスマップ

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詳細

交通アクセス
マイカー利用の場合北陸自動車道・敦賀ICより 車で約10分
バス利用の場合JR敦賀駅より コミュニティバス「海岸線」で約7分「金崎宮口」停留所下車、徒歩約5分
バス利用の場合JR敦賀駅より 「ぐるっと敦賀周遊バス」で約18分 「金崎宮」停留所下車
タクシー利用の場合JR敦賀駅より タクシーで約9分
所在地
福井県敦賀市金ヶ崎町
駐車場
有り
電話
金崎宮社務所 0770-22-0938
ウェブサイト
金崎宮社務所